雛子の毎日

60代主婦・雛子の日記。

手帳の歴史

雛子

私が手帳を使い出したのは1998年からだったようだ。

それまで、子どもたちはまだ小さくて

習い事らしい習い事もせず

(ベビースイミングとかはしていたけど)

外出先で予定を確認するような必要がなかったから

リビングの壁にかけてあったカレンダーに

都度予定を書き込むことで事足りていたのだろう。


手帳を使い始めたのは

息子と娘の習い事の時間が違ってきたり

2人の幼稚園の行事が変わってきたり

大きかったのは多分この頃に

私はようやく車の運転免許をとり

車で移動することで行動範囲が広がって

手帳が必要になったのかな。


手帳には、自分予定は黒

息子の予定は青

娘の予定は赤

3色ボールペンを駆使して書いてあった。

余白にはシャーペンでメモや日記のようなことも書いてあった。


手帳は3年ごとに変わっていた。

2001年から2003年は

雑誌(今はもう廃刊になったようだ)の付録の手帳で

B5サイズのビジネス手帳から今も愛用するA6サイズに変わっていた。

相変わらず3色ボールペンとシャーペンで書いてあった。


2004年から2006年は市販のムーミンの手帳だ。

この頃から息子や娘の中学のPTAコーラスや

PTAハンドベルを始めたようで

また生協の役員やら

今考えるとよくわからない子育て支援団体に入っていて

そろそろ小さい手帳で事足りなくなってきたのだろう。


2007年から今もなお使っている

ほぼ日手帳になっている。


2007年は確か手帳を3冊くらい書いなおした。

新しい手帳を探してのジブシーをしたのだ。

当時目新しかったバーチカルタイプに挑戦した記憶があるが

うまく使えず。

2006年の年末にすでに諦め。

ブロックタイプや今更ながらのファミリー手帳をかってみたり。


そしてもう年明けてしまって、

冬休みが終わって子どもたちが学校に行き出してから

慌てて1番近いロフト(車で1時間以上かかった)へ

ほぼ日手帳を買いに行った。


それ以来20年以上使い続けるほぼ日手帳だが

まだまだ手帳ジブシー歴史はつづく。


今日も読んで頂き、ありがとうございました。